家系の調査とは

家系の調査とはInvestigation

第一段階

戸籍謄本が調査の始まり

役所の住民課で戸籍謄本及び除籍謄本を取得いたします。
(謄本とは家族全員が掲載されているもの。抄本は個人のみ掲載)
直系の子孫しか取得できませんので、当会へ委任状を書いて送っていただきます。
委任状は始めに当会よりお送りいたします。

自分ーー父ーー祖父ーー曾祖父ーー高祖父へと遡ります。

祖父や曾祖父が別の市町村からの移住の場合、元の市町村役場に古い除籍謄本がありますので、移転の元を調べて古い除籍謄本を取得する必要があります。

そのため委任状は四通ほどお願いいたしております。
取得した戸籍謄本から縦系図を作成します。

第二段階

市町村の図書館で住宅地図を中心に
一族の分布状況を把握

故郷の住所が分かったら、住宅地図でその場所の家々の配置を確認します。
マーカーで同じ名字の家々を塗り、家の配置や苗字の構成を把握します。
次にお寺の場所と墓地の場所を確認します。⊥マークが墓地の記しです。
地元の電話帳から、同じ名字の集合地を把握します。

そうすることで、村々で最も多い苗字や、少ない苗字から村の勢力関係を把握します。
東大阪市の東坂氏は西に西村氏七軒、北に北田家八軒、南に南家一軒あり中央部に本家がある可能性がありました。後に村田家が本家であることが判明。

家紋も全苗字家同じで村墓地の一角にこれらの家々の墓地が集合しておりました。

そして、北田家の古老の方から東坂氏は北田からの又分家だと判明しました。

第三段階

地元では墓石の発見から始まります

先祖の古い住所から、先祖の出た故郷が判明します。
ほとんどの場合、その故郷に除籍謄本の一番古い先祖の墓があります。

最近は山中に無縁墓となり放置されたものや墓地一角に壇上に積み上げられだれもお参りにこない場合も増えました。

本来、墓の形状や配置の構成が重要な手掛かりとなります。

また、墓地には一族全ての墓地が存在する場合が多く、墓の位置関係や別の苗字の家々の墓石などの確認によって地域全体の把握ができます。

先祖の戒名、命日、俗名などのリスト及び墓地図や墓石図を作成します。

第四段階

より古い本家を探す

本家や一族が同じ苗字や同じ家紋を使用しているとは限りません。
大阪府、兵庫県、奈良県、京都府、滋賀県、福井県、石川県、富山県などでは特に注意が必要で、一族の苗字の変化はとてもバラェティです。

墓地の把握の後に村の古老などに先祖の由来や何処から来たのか、屋号は何か本家分家の位置関係を確認いたします。

その上で本家の位牌、過去帳、古文書などがあればカメラに撮り、記録します。

京都の伴一族は分家に同じ苗字を許さない慣例をもっておりました。

そのため十二軒の分家は皆苗字が異なります。

菩提寺の調査が必要な場合があります

墓や位牌や過去帳を本家も総本家も災害などで一挙に無くしてしまう場合があります。
その時に菩提寺の過去帳が大変重要な資料となります。

一般的に寺の過去帳を見れば先祖が分かると思う方がおられますが、実はそうではありません。
寺の過去帳は家別にはなっていないのが普通で、年ごとに亡くなった檀家の方を記録しているだけです。

江戸時代は士族や苗字帯刀の家以外は苗字も記入されておらず、その中から当家の先祖だけを抽出する作業はとても専門的な分析が必要です。
昔の小字名や屋号、襲名などなど、檀家全体の把握が必要となるからです。

加えて、大体の場合、文字が崩し文字で寺独特の癖があります。それにも習熟が必要です。
お寺の住職でも最近の住職は昔の崩し文字が完全に読めるとは限りません。

第四段階には菩提寺の調査も加わる場合があり、帯同をお願いすることがあります。

第五段階

図書館や文書館での資料調査

先祖の代々の苗字や名前が分かったら、図書館や文書館へ行きます。

  1. 関係する郷土誌や市史など、地元の研究者の研究資料を探す。(地元のどのような源資料があるか把握できます)
  2. 地元の藩政資料及び庄屋文書や村政資料などを調査する。(資料により各市町村図書館や個人宅を訪問することが多いです)
  3. 苗字辞典や地名辞典など地元の資料を加えます。

この段階の調査は古文書解読能力が必要となります。

第六段階

名字の分布を取り、集合する村や町を調査する!

電話帳が大変役に立ちます。
同じ名字が近くの村々にある場合、戦国時代に分かれた兄弟の子孫同士の可能性が高いのです。

長男系が◎◎村に住居し、二男系が隣の△△村に住居した場合も多く地元には無くても、別の市町村には記録や伝承が残っている可能性があります。

第七段階

全国的資料収集

最終章となりました。
家系の調査は県内の調査が普通ですが、鎌倉時代から南北朝、室町時代、そして、戦国時代にかけて、実に多くの人々が北へ南へと移住を繰り返しました。

苗字が変わることもあり、系図も偽系図があり、時代的な系図の様式や表現、名乗りの分析や時代背景の総合的分析能力が必要となります。

調査地も他府県に跨り、家系が千年から千五百年に及ぶ調査となります。
代数としては30代から50代にも及びますが、系譜資料や由緒書の状態により表舞台から姿を消し数代不詳の場合も出てきます。
(◎◎の三世孫◇◇)だと二代は不詳となる場合もあります。
この調査は一段階から六段階まで丁寧に辿りやっと可能となる調査です。

上の系譜は秋田県立文書館にある石井一族の冒頭部分で、平氏、石井又三郎景朝から始まります。
元々、神奈川県茅ケ崎市の石井一族の調査で辿りついた茨城県の石井一族系図が秋田県に残されておりました。
ところが平氏というのは間違いで、本来は藤原氏の出と分かりました。
戦国時代に九州佐賀県に移住した一族がおり、その中に同じ石井又三郎景朝が登場し、その親兄弟も確認でき系図(佐賀県立図書館蔵)では藤原鎌足公まで判明しました。平氏ではなく藤原氏だったのです。